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バブルに幼年期を過ごしてダメージを受けた世代を第1ステージとしましたが、今の世代については少々表現が難しくなります。 最近特に激しく変わるインターネット環境をはじめ、教育・TV番組・ゲームなど複数要因が複雑に絡んでいるからです。ですがここでは敢えて、教育という面に重点をおいて説明したいと思います。 奇跡の人:ヘレン=ケラーという人物をご存知でしょうか? 彼女は生後1歳9ヶ月で原因不明の高熱と腹痛で目と耳をおかされ、光と音の世界から完全に隔離されてしまいました。目が見えず、耳も聞こえず、勿論話すこともできません。マナーの存在すら知らずに食事などもケモノのようにクチャクチャ食い散らかす有様でした。 そんな中に現れるのが家庭教師のアニー・サリヴァン先生です。 サリヴァン先生は大変な苦労の中でヘレンに文字を、そして言葉を教えます。 まず最初にサリヴァン先生はヘレンに人形を抱かせ、そして手のひらにDOLL(人形)と書きました。もちろんヘレンにはそれが何なのか全然解りません。それでも何度も辛抱強く繰り返すうちに、ヘレンはすべての物に名前がある事を知ります。 そのきっかけとなった「水がウォーターである」という事にハッと気がつくエピソードはあまりに有名です。これはまさに、文字や言葉がモノとピタッと一致した瞬間でした。これ以後、ヘレンはメキメキと学力をつけ、ついにはハーバード大学附属のラッドクリフ女子大学に合格し、以後も様々な活躍をすることになります。 私達の世界において、学校教育というのは確かに国語や算数という教科を学ぶ場ではあります。ですが、家庭での躾を含めてこれらはヘレンに人形を抱かせ、手のひらにDOLLと書き続ける作業そのものではないでしょうか。 熱心な教育の中でヘレンが人形というモノ、そしてDOLLという言葉の間に何があるのか気付いたように、今の子供達にもやっぱり様々な学習を通してそれらの奥にあるものに気付かせてあげることが大切なのです。気付かないうちはやっぱり人は食卓を食い散らかすような状態でしかありません。 前回、教育システムの崩壊で円周率と小数は一緒に教えてあげるべきと書きました。これは人形とDOLLを別々に切り離して教えてもそれぞれの意味や関わりを理解できないだろうからです。やはり人形とDOLLは事情が許す限り、セットで教えてあげるべきでしょう。 世間一般でいう子供達の学力低下というものを考えたとき、何かの指標(例えば学力試験)を基準に考えれば10点下がったとか20点下がったとか数値化できるものであると思います。ですが彼等の内面について、気付いているか気付いていないかという事になれば二つに一つしかなく、そこには100点と0点があるのみで中間は存在しません。 簡単な、ごく基本的な事だけでもいいのです。一つだけでも構いません。きちんと勉強を通して何かの存在に気がついてくれれば子供はその後、何でも自分から進んで学びだすことでしょう。「物事を学ぶ」という事は本来とても楽しいものなのです。 そして子供達にとって、自分で物事を学ぶ習慣は飛躍的に様々な知識を身につけることに繋がり、例えば公共物の背後に存在している多くの人のことにも思いを馳せるようになり、他人への思いやりもそういう中から自然に学ぶことでしょう。 ですが、気がつかなければ幼年期のヘレンのように、いつまでたっても食卓を食い散らかすような振る舞い続けてしまうことになります。 最近、若い世代の一部が段階的にではなくて突然に、それも考えられないほど残忍な事件を起こすようになってきたのは、この二つに一つという境界ラインを学校の教育内容が大幅に割り込んでいるからという気がしてなりません。 加えて最近では子供達の発育に対して輪をかけて阻害する、更に大きな影響力が生じています。 それはTV・映画・ゲームなどの商業主義です。「気がついていない世代」の増加に伴い、綿密な市場調査の結果、彼等をターゲットにした番組や商品がものすごい数が氾濫するようになってきているのです。 この「気がついていない世代」は総じて学力が低いのが特徴で、その為に一瞬一瞬だけが面白ければ、トータルでの考えは重要視されません。 バカ笑いだけの娯楽番組(内容が薄いだけでなく、一部には犯罪行為まで笑いのネタとして取り入れているものもあります)、あるいは血しぶきが飛び散る派手な映像、ひたすら殴る蹴るといったゲームなどが、高視聴率をあげる/売り上げが伸びるなどの理由で乱発されているのは少し周囲を見回せばはっきりと見てとれるはずです。 これらにより、彼等は物事を考えたり、気付いたりすることが一層困難になってきているのです。 そして更にはインターネットの普及。同じような考えを持った人が一箇所に集まりやすいこともあり、たまたま「気がつかない」人達が複数集まった場合、そこで何が発生するか見当もつきません。 こういう社会ですから、ますます人にあるまじき行為を行う人が増えてくるのは残念ながら当然のなりゆきと言わざるを得ません。目の前にあるものだけしか感じられず、その奥にある沢山の人のこころを思いやれないという「気付くことができない世代(第2ステージ)」が増えてくるのも無理がないわけです。 この第2ステージの問題が顕著に表面に現れている一つが昨今の成人式です。勝手に壇上で暴れ、怪我人を出し、やってきた救急車は蹴飛ばし、あげくの果てには救急隊員にまで殴りかかるという始末。酒の席での・・・というレベルをはるかに超えています。なんとケモノのごとき行動を起こす人が増えていることでしょうか。 学校教育だけでなくTVや映画・ゲームその他の様々な影響で、恐ろしいのはこの第2ステージの世代はとてつもなく広範囲に広がり10代〜20代は勿論、30代の大人の中にも一部こういった人達が現れてきているという事です。 高い年齢層では親による子供虐待、低い年齢層では小学生の同級生殺害事件、根は同じところにあるように思います。 余談: 上記で「気付く」と何度も書いていますが、「何に気付く」という具体的な部分については敢えて記述しませんでした。 これは子供達の個性の問題だからです。ある人は音楽に興味を持つかもしれませんし、別の人は草木の生命の素晴らしさに心惹かれるかもしれません。両親の頑張っている姿や愛情に魅せられることもあるでしょう。 ですから、この部分については子供の数だけ、つまり無限のバリエーションがあります。 子供達には是非とも健やかであって欲しいものです。 余談その2: 子供達が「気付く」ためにはどうすれば良いか・・・という事ですが、ここで書いてしまっては後の記事が続かなくなってしまいますので、それについてはまたいずれ(笑) これら一連の話は般若心経の秘密の事例紹介として記述しました。もしよかったらこちらもご覧ください。 |
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