現在、様々な商品・サービスにはすべて「提供者が提示する価格」というものがついています。貨幣経済が当たり前の風習・慣習として私たちはそれを不思議ともなんとも思いません。
もちろん大抵の場合はそれで問題ないのですが、時としてこの「価格」の存在が不都合となる場合があります。
たとえば当サイトでは、相談ごとに応じて「おふだ」の案内をすることがあるのですが、おふだ製作には手間がかかるので相応の負担額をお願いしています。
おふだなどの気のコントロールというのは本来「無限」を扱うテクニックであって、古来より伝わる秘呪文の中にはアメノミナカヌシという神様のエネルギーを「無限に大きく、また同時に無限に小さい」と表現したものまであります。
このような「無限」を扱うおふだに価格という「有限」の数字を割り当てるとどういった事が生じるでしょう。実はその時点で、おふだの持つ計り知れない潜在的な力というものが完全な形で発揮される機会が損なわれる事になるのです。
これは当サイトだけではなく、一般の神社やお寺で販売されているおふだやお守り、その他の祈祷料など全般に共通して言えることですが、これらには価格というものは無い方が実は効率がよいのです。価格をつけるということは無限の効力を封殺して上限値(リミッター)を取り付けるという事でしかありません。
なので、当サイトではおふだ等が本来の力をフルに発揮できる状況が整っていると判断した場合や、緊急性を要するような際には「謝礼の気持ちをもっていただけるなら、自分で相応と判断した額でお願いします」と申し上げる場合があります。
通常の商慣習とは異なるので相手の方が困惑されることもあるでしょうが、これは当方が先の先まで見通してリミッター無しのフルスペックで事に対処する必要があり、またその反応が十分に期待できると判断したということでもあります。
この場合、感謝の気持ちの程度(=本人がきめた金額)と効力は共鳴・連動することになります。数千円でも数万円でも、あるいはそれ以上でも、ご自分が納得される額面を経済状況などをみながら自由に決めて頂いてかまいません。
以前、このような事がありました。
当サイトの訪問者の紹介で、交通事故の後遺症で普通の日常生活が送れなくなってしまった人を見てあげたのですが、お話をうかがうと現在医学的な対処法も完全なものが確立されておらず、そしてその中で不確かながら世間で最も効果があるとされている特殊な治療法にすがって全国の患者さんがものすごい順番待ちをしているとのこと。その人も順番待ちをしながら、これまであちこちの風評をたよりに手当たり次第に他の治療方法を次々と試して来られたという事でした。
当方は医者ではないので治療技術そのものについて言及しませんが、この方の場合、気のコントロールで医学上の完治はともかくとして日常を健常者と全く同じように生活できる状態に持ち込める経路についてすぐにメドがつきました。世の中には医学上で「余命3ヶ月」などと言われながら平気で何十年も元気に生きてしまう人がいますが、おなじようなところを目指せば十分勝算があったわけです。
当方はそれに至るための最初の手段として、まず一つ対処法をお知らせしました。紹介者さんの話ではこの最初の一つの対処法だけでも患者さんの表情や物腰が大きく変わったそうです。
この後、この患者さんの父親から「お礼はどうすればよいでしょう」と問い合わせが紹介者さん経由で伝わってきたので、特に金額は指定せずに「お気持ちがあるなら、その気持ちを形にして紹介者さんに渡していただければ私に届きます」というような意味の回答をしました。
その結果・・・。当方も説明が足りなかったというのもあるのでしょうが、更にその先があるにもかかわらず、先方はその一事のみをもって「もうけた」あるいは「1円の礼をする価値もない」と判断したのでしょう。その方とはそれきりになってしまいました。
これまでのところ、生命の危機や健康に関する相談事で当方が「いける!」と判断し、かつ先方がこちらの思い通りに動いてくれたものは極めて高い確率で狙った通りの結果を得ています。医療に携わる方から「奇跡的に」などという言葉を引き出した事なども数え切れません。この患者さんの場合も「いける!」と明るい結果が目前に見えていたのですが、先方で当方の「無限」を扱うアプローチを「ゼロ」に潰してしまったために症状回復にむけた連鎖にはつながりませんでした。紹介者さんのお話だと数ヶ月たった今もなお不自由な生活を続けておられるようです。順調にいけば今頃は街を元気に闊歩しておられたはず・・・という自信があっただけに残念ですが、当人が選択したことですので当方にはどうしようもありません。
運気のコントロールは大抵暦が連動するもので、もはや当人がこの記述を見て慌てられても時は戻らないです。他の治療方法が効く可能性までは否定しませんので、他をあたっていただくことになります。
後で聞いた話ですが、この患者さんは紹介者さんにも大きな負担をかけているにもかかわらず、その経費を含めてお礼を一切されていないとのこと。家族の中には「そんな必要すらない」と思われている方までいるようです。
「お礼」というのは本人の心から沸き上がるもので、決して強制されるべきものではないのですが、その沸き上がったものは「無限」を扱う気のコントロールに対してとても大きな影響力を持っているということだけは、どうか皆さま、心にお留めおきくださいませ。
世の中は陰陽の世界ですので、人に多くを与える者こそが、もっとも多くモノを得るのです。自分にばかり都合のよい一方通行のみを考えていては、物事は循環しないということですね。
上で「当方も説明が足りなかった」と書きましたが、それでも「本人の心から沸き上がるもの」が肝心なので、どんなに説明してうわべだけの謝礼の気持ちをお金にして引き出してもやっぱり無駄となります。「感謝しろ」と言われて沸き上がるのは「反発心」くらいなのが関の山ですし。そういう事もあるので「感謝のない人」に説明しても無意味なだけで、その人の普段のありように賭けるしかないのかもしれません。
なので、今後もいちいち説明することはありませんが、当サイトに相談に来られる方は一応心得ておいてくださいませ。