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当サイトでは言霊という単語を何度か用いてきました。平たく言えば言葉に生じるパワーのようなものです。言霊というと何か特別な技術に思えるかもしれませんが、決してそういう類のものではありません。普段私たちが日常で使用している会話のうちに、チャットやメールのうちに、新聞や雑誌記事のうちに、あるいは一世を風靡する流行曲のうちに・・・いたるところに言霊は宿ります。 もちろん言霊の詳細内容まで読み取ったり、あるいは意図する特定の言霊を込めるにはそれなりにテクニカルな部分もあるのですが、そういったレベルは一般には必要ないので簡単に考えていきましょう。ここでは当サイトの相談を訪れる方々からいただくメールについて一定の傾向がみられるので少し紹介してみたいと思います。(あくまで傾向なので、必ずしも全てがこうだという訳ではありませんが・・・) 相談に来られる方は勿論皆さん何らかの悩みを抱えていらっしゃるのですが、それぞれの方の魔方陣を組み立てて眺めてみればお問い合わせの問題があっさり解決するのか、あるいは解決までに時間を要するのかといった事がひと目で感じられます。これまでのところ、その感覚が外れたことはまずありません。 そして面白い事に解決に時間がかかりそうな方というのはメールの内容をみると
といったケースが非常に多いのです。 もちろん、たまたまその時のメールだけが何かの都合でヘンテコになってしまうという事もあるでしょうが、殆どの場合このような乱れた言葉を普段から使用されているのだと思います。 本人は全く気づいておられないのでしょうが、実はこういう言葉使いが周囲との関係をギクシャクしたり、小さなトラブルで非常に大きなダメージを呼び込むことになったりするのです。 参考までに灯篭ってなに?の余談をご覧ください。「他の参拝者の障害となってまで参道の中央を歩きつづけるのは日常生活にトラブルを呼び込む原因となる」という事について触れていますが、言葉使いも決して例外ではありません。 つまり、流れるような自然な言葉を使っていると日常生活でも自然と上手く流れるように運気が作用しますし、逆に一言一句にひっかかりを感じるような言葉を多く用いるなら障害が多発して普段の生活がままならなくなる方向に作用します。 私たちはこれらの言葉を一日にどれだけ多く見たり書いたり、あるいは聞いたり喋ったりする事でしょうか。新聞やTV、ラジオ、あるいは街角で目にする看板の文字などまで含めると、私たちは実に膨大な量の言葉に触れていることになります。これら全てにそれぞれ言霊が宿っている様子を想像してみてください。 皆さんが書いたり喋ったりする言葉も含め、その想像の中で周囲に充満する言霊が清清しいものであることを願ってやみません。 これまで相談下さった方々へ このような話をメールのやり取りの中で申し上げると角が立って相談どころではなくなってしまうので、これまではお知らせすることもありませんでした。ですがいま一度、当方に送っていただいたメールの内容等を確認していただきたく思います。勿論なんらこの種の問題がなく、相談の効果も迅速に現れて充実した生活を送っておられる方も当然いらっしゃいます。そういう方は今後も一層に言葉使いを大切にしていただければ得られた充実感もより確かなものとなっていくでしょう。 ご存知の方も多いことと思いますが、先日、長崎小6女児殺害事件という痛ましい出来事がありました。非常にやるせない思いがします。インターネットでの書き込みが原因とかTVや新聞では報道されていますが、根はもっと深いところにあるのではないでしょうか。 世間では法律の問題や教育のあり方などといった事が論議されていますが、そういう事だけで問題は解決しないように思えてなりません。子供というのは大人がビックリするくらいに吸収が早く、なんでもかんでも取り込んでしまうものです。小細工をしてみたところで敏感な子供には通用しないでしょう。 当サイトをご覧の方の中にはお子さんをお持ちの方も大勢いらっしゃると思います。あるいは結婚を控えた方もいらっしゃるでしょうし、もしかしたら学校の先生もいらっしゃるかもしれません。別に方法論を難しく考える必要は無いのです。まずは私たち自身で日頃から綺麗な言葉を使っていれば、その中で育つ子供もしっかりと言葉を使えるように、そしてしっかりした生活ができるように成長してくれるものと思います。 例えばニュースで知るかぎりでも、加害者児童は「うざってぇ」「アイツらは愚民」「へたれ」というような他人をおとしめるような言葉をネット上などで平気で多用していたそうです。このような言葉を使用していたのも問題ですが、使用させてしまった社会そのものの方がむしろ罪が大きいと思います。こういった言葉使いは間違いなく周囲の私たちが使用する言葉から吸収したもので、これが子供達の日常となれば考え方が荒れてくるのもある意味当然でしょう。 誤解なきように言っておきますが、もちろん言葉は時代によって変わっていくもので子供達が独自の言葉文化を作っていくこと自体を否定している訳ではありません。ただ、もう少し、ホンワカといいますか、ウィットに富んだ言葉文化であって欲しいと願うものであります。最近は核家族化がすすみ、子供とお年寄りが触れ合う機会も減ってきています。お爺さん、お婆さんが子供社会を優しく見守っていた時代には言葉の継承というものが緩やかな時の流れの中にあったのですが、今はひたすらインパクトの強い言葉がとても強く子供たちに降り注ぎます。 繰り返しになりますが、社会全体にこういった言葉が蔓延するなか、だからこそ・・・とでもいいましょうか、まずは自分達の身のまわりだけでもキチンとした言葉使いに気をつけていれば、それだけでも救われる子供は多いのではないでしょうか。 最後になりましたが皆さんに正しい言葉使いをお願いするとともに、被害者の方のご冥福をお祈りしたいと思います。 合掌 |
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